|  |  | 2008年 5月30日の新作昔話
 
 
  
 バイオリンひきのおじいさん
 オーストリアの昔話 → オーストリアの情報
  むかしむかし、あるところに、まずしいバイオリンひきのおじいさんがいました。あるさむい冬の日、おじいさんはバイオリンをひきながら町へやってきました。
 でも、おじいさんのバイオリンを聞いてくれる人は、誰一人いません。
 若いとき、このおじいさんはこの町の人気者でした。
 バイオリンをひきながら美しい声で歌を歌うと、たちまち人が集まってきて、たくさんのお金をなげてくれたものです。
 おじいさんはペコペコのお腹をかかえながら、町はずれの小さな教会へ行きました。
 おじいさんは中へ入ると、マリアさまに言いました。
 「マリアさま、もうわたしのバイオリンを聞いてくれる人はいません。せめてマリアさまだけでも聞いてください」
 おじいさんはバイオリンをひき、歌を歌いました。
 むかしと少しも変わらない美しい声が、教会の中にひびきました。
 すると、ポトリと、マリアさまの金のくつが片一方、おじいさんの前に落ちてきました。
 「ああ、なんとおやさしいマリアさま」
 おじいさんは涙を流して喜び、そのくつを近くの店へ売りに行きました。
 ところが店の人は、ボロボロの服をきたおじいさんを見て、このくつは盗んだものにちがいないと思いました。
 そこですぐに、おじいさんを役人のところへ連れていきました。
 いくらおじいさんが、
 「これは、マリアさまからもらった物です」
 と、言っても、役人は聞き入れてくれません。
 「教会の物を盗むなんて、とんでもない」
 役人はそう言って、おじいさんを死刑にするよう命令しました。
 次の日、おじいさんは町はずれの広場へひかれていきました。
 小さな教会の前に来たとき、おじいさんが言いました。
 「最後のお願いです。もう一度だけ、マリアさまの前でバイオリンをひかせてください」
 「いいだろう」
 おじいさんはマリアさまの前に行くと、ゆっくりとバイオリンをひきはじめました。
 美しい音が、教会に流れました。
 それに合わせて、おじいさんは心をこめて歌を歌いました。
 「ああ、なんてきれいな声だろう」
 町の人たちは、うっとりと耳をかたむけました。
 すると、そのときです。
 マリアさまの足が動いたかと思うと、残っていたもう一方の金のくつが、ポトリと、おじいさんの前に落ちたのです。
 「あっ!」
 みんなは、いっせいにマリアさまを見上げました。
 マリアさまは、いつもとかわらないやさしい顔で立っていました。
 やがて町の人たちは、おじいさんのバイオリンに合わせて、マリアさまの歌を歌いました。
 こうしておじいさんは死刑にならず、町の人たちからとても親切にされたそうです。
 おしまい
 
  
 
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