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9月12日の世界の昔話
  
  
  
  まんぞくもののシャツ
  イタリアの昔話 → イギリスの国情報
 むかしむかし、ある王さまがいました。
 その王さまは、一人息子の王子を、目にいれてもいたくないほどかわいがっていました。
 でも王子は、いつもつまらなそうにしていて、一日じゅう、バルコニーに出ては、遠くのほうをボンヤリとながめているのでした。
 ある日、王さまは王子にたずねました。
  「どうしておまえは、そんなにつまらなそうにしているんだね。なにか不満なことがあるのかね?」
  「いいえ、お父さん。ぼくにもなにが不満か、わからないのです」
  「もしおまえが結婚したい相手でもいるのなら、いってごらん。世界じゅうで一番えらい王さまの娘だろうと、一番びんぼうな百姓(ひゃくしょう)の娘だろうと、おまえがすきなら結婚させてやるよ」
  「いいえ、そんな人はおりません」
 王さまは王子の気持ちをひきたたせようと、芝居(しばい)を見せたり、舞踏会(ぶとうかい)や音楽会をひらいたりしました。
 でも、すこしもききめがなくて、王子の顔色はますます青ざめていくばかりでした。
 そこで王さまは、おふれを出しました。
 すると世界じゅうから、えらい学者や医者や大学の先生があつまりました。
 えらい人たちは相談して、王さまにいいました。
  「王さま。わたしたちは、いろいろかんがえました。星うらないもいたしました。こうしてまとまった意見をもうしあげます。まず、不平不満もなく、満足してくらしている人をおさがしなさい。その人は、ただ一つの不満もなく、なにごとにも満足している人でなくてはなりません。そういう人のシャツを、王子さまにお着せなさい」
 王さまはその日のうちに、世界じゅうにけらいをやって、不平不満ひとつなく、どんなことにも満足してくらしている者をさがさせました。
 やがて、一人の坊さんがつれてこられました。
  「あなたは、いまの地位に満足してくらしているんですな?」
  と、王さまがききました。
  「はい。満足しております」
  「では、わしの宮廷(きゅうてい→王のすんでいるところ)の司祭(しさい)になりたいとお思いかな?」
  「ああ、それは願ってもないことです」
  「それなら出ていけ! わしは、いまのくらしに満足している者をさがしているんじゃ。もっといい地位につきたいとねがってる者なんかに用はないわい」
 王さまは、ほかの人をさがさなくてはなりません。
 この王さまの近くの国に、たいへん幸福な王さまがいました。
 その王さまには、美しい気だてのいいおきさきがいて、子どももたくさんおります。
 戦争をしても一度もまけたことがなく、その国は平和でした。
 こちらの王さまはそれをきくと、すぐに使いの者をやって、王さまのシャツをいただきたいとねがいでました。
 使いの者は、ふしぎがる王さまにくわしい説明をしてから、
  「それというのも、王さまがなにごとにもご満足な、幸福なくらしをなさっているからでございます」
  と、いいました。
  「さよう、さよう。わしは家庭にめぐまれ、国も平和も金も物も、はきすてるほどあって、じつに満足しておる」
 でも、王さまはきゅうに顔をくもらせて、
  「だが、ざんねんなのは、わしが死ぬとき、そういうものを全部のこしていかねばならぬことじゃ。そう思うとなさけなくて、わしは夜もろくろくねむれんのじゃよ」
 暮らしには満足していますが、不平不満があるので、この王さまのシャツでは役にたちません。
 その話をきくと、この国の王さまはガッカリです。
 そこである日、気ばらしに野原へ狩りにでかけました。
 王さまは森のなかでウサギをみつけ、すぐに弓をひきしぼって矢をはなちました。
 けれどもウサギは、丘をこえ野をこえて、畑のなかににげこみました。
 王さまは、あとをおいました。
 そして、畑の中ごろまできたときです。
 どこからか、のどかな歌声がきこえてきました。
  (こんなにのんきで、たのしそうに歌をうたっている男は、きっと満足しきってくらしているにちがいない)
 そこで王さまは、歌声がきこえてくるブドウ畑にはいっていきました。
 すると一人の若い百姓が、たのしそうに歌をうたいながら、ブドウの木の枝や葉をきりはらっているのでした。
 若い百姓は、近づいてくる王さまを見ると、ていねいに頭をさげました。
  「王さま、こんにちは」
 王さまは元気そうな若者を見て、きげんよく声をかけました。
  「わしといっしょに都へ出ないかね。わしの息子の友だちになってもらいたいんじゃ」
 すると若者は、あわてて手をふりました。
  「とんでもありません。王さま。ありがたくお礼はもうしあげますが、わたしは、そんなことはかんがえたこともございません。わたしを法王さまとまちがえてはこまります」
  「なぜことわるんだね? おまえは王子の友だちになるのが、そんなにいやなのかね?」
 すると若者は、また手をふって答えました。
  「いいえ。べつにそんな意味ではございません。わたしはこうして、百姓しごとをしているだけで満足しているのです。これいじょう、なにものぞみません」
  (よし! とうとう満足者をみつけたぞ!)
 王さまは、心のなかでさけびました。
  「まあ、きくがよい。じつはおまえに、たのみたいことがあるのだ」
  と、王さまはいいました。
  「わたしにできることなら、よろこんでいたします」
 王さまは大喜びで、おつきの者たちをよびにいきました。
  「みなのもの、きてくれ。王子はすくわれるぞ!」
 まもなく王さまは、けらいたちをつれてもどってきました。
  「おまえは若いのに、えらいやつじゃ。わしはおまえのほしいものはなんでもやる。そのかわり、わしに一つくれ」
  「はい。なにをでございます?」
  「実は、息子が死にそうなのじゃ。それをすくえるのは、おまえだけなのじゃ」
 王さまは若者の上着をぬがせようとしましたが、でも、きゅうに手をとめてしまいました。
  「ああ、なんということだ」
 若者は貧乏だったので、上着の下にシャツをきていなかったのです。
   王子がすくわれるのは、まだまだ時間がかかりそうですね。
おしまい