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7月18日の小話

あわてふろしき
   むかし、寺のおしょうさんというものは、魚や肉を食ベてはいけない、と、いうことになっていました。
   寺男(てらおとこ→お寺の雑用係)の太作(たすけ)が、おもてからいそぎ足で帰ってくると、ガラっと、台所の戸をあけて中にはいりました。
  「おしょうさま。めずらしいものを、見てまいりました」
  「ふむ、そりゃ、なんじゃな?」
   太作は、ニヤッと、わらって、
  「横町の魚屋に、おしょうさまの大好きな、たこがございました」
   たこときいて、すわっておったおしょうさんが、飛び上がりました。
   あわてて口に、人さし指をあてて、
  「しっ」
   太作をしかりつけてから、小さな声で、
  「おまえも、もうちっと、ここを」
  と、いうて、頭を指さし、
  「ここを、つかえ。ここを」
  「はい」
  「あれはな、たこというてはならん、手が八本あるから、やつで、と、いうのじゃ。だれもおらなんだから、よかったものの。して、そのやつでが、どうした」
  「はい、そのたこ、いや、そのやつででございますが、えらう大きなやつで」
  「ふむ、大きかったか。それは、ちかごろ耳よりな話。して、そいつの頭は、どれほど」
  「はて、どれほど大きゅうござりましょうか。えーと」
   太作は、しきりに、あちらこちら見まわしておったが、
  「おお、そうそう、ちょうど、おしょうさまの、その頭ほどでございました」
   きいておしょうさんは、つばを、ごくんとのみこんだ。
   それから、頭をツルリとなでると、
  「ほほう。この頭ほどあったか。なるほど、大きいわい。して、そのやつでは、古いか、新しいか」
  「はい、新しゅうございます」
  「よし、さしみにできるな。して、色つやは、どうじゃ」
  「ちょうど、おしょうさまの、そのお顔のように、赤うございました」
   おしょうさんは、声をひくめて、
  「なるほど、なるほど。そいつはうまそうじゃ」
   うなずくと、
  「では、人に知れんように、買うてきてくれ」
   ふたりは、顔を見あわぜて、ニヤッとわらいました。
   ちょうど、そのとき、ガラッと、台所の戸があいて、
  「おしょうさま」
  「おしょうさま、おいでで」
  と、壇家(だんか→むかしから、そのお寺と付き合いのある家の人)のものが二、三人やってきました。
   ハッとおもった寺男は、いそいで、そばにあったふろしきをひろげると、おしょうさんの頭に、すっぽりかぶせて、
「やつでは、るすじゃ。やつでは、るすじゃ」
おしまい