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第64話

にじのお城

にじのお城
インドネシアの昔話 → インドネシアの国情報

 むかしむかし、ある川のほとりに、にじのお城がたっていました。
 そのお城には、わかい水の神が住んでいました。
 けれどもこのお城は、人間の目には見えません。
 ある日のこと、水の神は、川むこうのりっぱなお城に目をとめました。
 お城のまどぎわで、それはそれは美しいお姫さまが、はたをおっていたのです。
 水の神は、ひと目でそのお姫さまがすきになりました。
 それからというもの、くる日もくる日も、川むこうのお城のまどぎわを見つづけました。
 けれども美しい姫は、一度もこちらをむきません。
 いつになっても、こっちをむいてくれないので、水の神は悲しくなって、涙をはらはらと流しました。
 その涙で、川の水がふえました。
 すると川のさざなみが、姫のお城にうちよせました。
 それでも姫は、すこしもこちらを見てくれません。
 そこでとうとう、水の神は金色のチョウになって、姫のいるまどぎわにとんでいきました。
 そして姫のそばをヒラヒラとまいながら、そっといいました。
「花むこさんが、まっています」
「え、花むこさんですって?」
 姫は思わず、顔をあげました。
 でも、チョウチョウはもう、どこかへとんでいってしまいました。
 ところがこれを、わるい男に聞かれてしまいました。
 ナシマンという、姫の乳母(うば)の息子が、ちょうどまどのそとを通りかかったのです。
「おっかさん。姫がおむこさんをさがしている。おむこさんにはおれがいいと、つたえてくれ」
と、ナシマンは、母にたのみました。
「とんでもない。わたしだって、おまえはどうしようもない男だと思っているんだからね」
「だけど、おれはどうしても、姫をお嫁さんにしたいんだ。たのむよ。いやだっていうなら、姫もおっかさんも、どうなるかわからないぞ!」
 乳母はしかたなく、姫にこういいました。
「お姫さま、よいおしらせがございます。きょうの昼すぎ、お姫さまをおしたいしているお方がまいります。それはそれは、りっぱなお方でございます」
 そのとき、チョウチョウがへやにまいこんできました。
 乳母は、つづけていいました。
「そのお方は、お姫さまのおむこさまにふさわしいお方です。おきめになるのが、よろしゅうございます」
 するとチョウチョウが、姫の耳のそばでいいました。
「ふさわしい方ではありません。それはわるものです。ほんとうのおむこさんをおまちなさい」
 そこで、姫は乳母にいいました。
「わたくし、もっとふさわしいお方がくるまで、まつことにしましょう」
 すると乳母は、こわい顔で言いました。
「お姫さま。きょう来る方におきめなさいませ。さもないと、あなたさまもわたくしも、命がないかもしれません」
 これを聞いて、姫はまっさおになりました。
「では、その方につたえておくれ。四、五日考えるあいだ、川むこうの岸でおまちくださいと」
 このことは、すぐさまナシマンにつたえられました。
 ナシマンは、川のむこう岸に食べ物を持っていって、姫の返事をまつことにしました。
 さて、ちょうどこの日、水の神は一番信用している白カラスをよんで、手紙と小箱をわたしていいました。
「これを、川むこうのお城の美しい姫にとどけておくれ。とちゅうで、より道をしないでな」
 白カラスは、手紙と小箱を背中にしっかりとくくりつけると、
「ごあんしんください。かならずおとどけいたします」
と、いって、とんでいきました。
 ところが川岸までくると、さかなを焼くおいしそうなにおいが、プーンとただよってきました。
 くいしんぼうのカラスは、思わず近づくと、
「もしもし、ひとくちわけてください」
と、さかなをたべている男にたのみました。
「なんだおまえは? 背中に、そんな箱をしょったりして」
と、その男はカラスをにらみつけました。
「川むこうのお姫さまにとどける、だいじなおくりものなのです」
と、カラスはいいました。
 それを聞くと、男はきゅうにニコニコして、
「さあ、たべなよ。えんりょうはいらない。それから、その箱をおろしたらどうだ。おれが見はっていてやるよ」
「これは、どうもご親切に」
 カラスは箱をおろして、さかなをムシャムシャとたべはじめました。
 そのすきに、男は箱のふたをあけて、中にはいっている美しい真珠(しんじゅ)や宝石をとりだすと、そのかわりに大きなクモとトカゲをいれておきました。
 その男は、ナシマンだったのです。
 ナシマンは母にたのんで、手紙をかきかえてもらいました。
 こうしているあいだも、くいしんぼうのカラスはさかなをたべつづけていました。
 やがて、すっかりまんぷくになったカラスは、手紙と小箱をお姫さまにとどけました。
 姫は、これこそほんとうに自分を愛しているお方からのおくりものだとおもい、胸をおどらせて手紙をよみました。
 ところが、どうでしょう。
《姫よ。おまえは、きたなくてみにくい女だ。箱の中のおくりものは、おまえにふさわしいかざりものだ》
と、かいてあるではありませんか。
 姫はおどろいて、小箱をまどのそとへほうりだしました。
 とたんにふたがあいて、中から大きなクモとトカゲがはいだしてきました。
「ああ、なんてことなの!」
 姫は、心のそこから悲しみました。
 その晩、いつかの金色のチョウチョウが、お姫さまの部屋へ入ってきました。
 そして、耳のそばでささやきました。
「姫よ。おくりものはお気にめしましたか? なぜ、身につけないのです?」
 これを聞くと姫はおこって、チョウチョウをぶとうとしました。
 するとチョウは、
「姫よ、あす、そのお方がまいります。そして姫を、にじのお城におつれします」
 姫はおつきをよぶと、このチョウチョウを追いだしてしまいました。
 水の神は姫のひどいやりかたにすっかり腹をたてて、その夜のうちに大水をおこしました。
 姫の王国は、たちまち水にのまれて、お城も、姫も、人びとも、はげしい流れにおし流されてしまったのです。
 水の神はこのありさまを、にじのお城の前にたって、ジッと見つめていました。
 このとき、波まから乳母がさけびました。
「みんな、わたしたちがわるいのです! 手紙をかきかえたのはわたしです! 箱の中味をかえたのはナシマンです!」
 水の神には、はじめてなにもかもがわかりました。
 そこで、いまにもしずもうとするお城から、姫や人びとをたすけだしました。
 けれども、乳母とナシマンだけは、そのまま流されていきました。
 このとき白カラスも、より道をしたばつとしてまっ黒にされ、カアカアとしかなけなくなってしまいました。
 やがて水の神は、姫とにじのお城で結婚式をあげました。
 二人はいまでも、にじのお城でしあわせにくらしています。

おしまい

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