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 第 95話
 
  
 お坊さんに手を貸した男
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  むかしむかし、江戸(えど→東京都)に、右筆(ゆうひつ)をつとめる男が住んでいました。右筆とは、殿さまにつかえて字を書く仕事で、今でいえば書記の様なものです。
 
 ある朝、この男が家の門を出ると、一人の坊さんに出会いました。
 坊さんは、男のそばへ寄って来ると言いました。
 「ぶしつけな願いじゃが、あなたの手をしばらく貸していただけませぬか。これから書の会に出ねばなりませぬのでな」
 書の会とは、おたがいに字を書いて見せ合う集まりです。
 「手を貸すとは、どの様な事ですかな?」
 「いや、別になんという事もござりませぬ。ほんのしばらく、あなたの手をお貸しいただければよろしいので」
 男は変に思いましたが、相手はお坊さんなので、
 「まあ、いいでしょう」
 と、答えてしまいました。
 ところがその日から、男は紙を前にするとまったく手が動かなくなったのです。
 男は困り果てて、
 「字のかけぬ右筆など、何の役にも立たぬ」
 と、仕事をやめる事まで考えました。
 ところが三日目のタ方、男の家に、あのお坊さんがやって来たのです。
 「ご不自由をおかけしましたが、あなたさまのおかげで命拾いをしました。ありがとうございました」
 お坊さんはそう言うと、何かを書いた紙を取り出しました。
 「大したお礼もできぬが、これは火を防ぐ力を持っております。もしお近くで火事がありましても、これがありますと、もらい火はまぬがれまする」
 お坊さんはその紙を男に差し出すと、すぐにどこかへ行ってしまいました。
 
 その日から男の手は、元通りに字が書けるようになりました。
 男は殿さまに迷惑をかけたといって、おわびのしるしにお坊さんにもらった火難よけの紙を差し出しました。
 「ほう。火難よけとはありがたい」
 殿さまはその紙を掛け軸職人に出して立派な掛け軸にすると、いつも床の間にかけていました。
 それから間もなく屋敷の近くで何度も火事がありましたが、この屋敷だけはいつも無事でした。
 殿さまは、大喜びです。
 そして万が一にも盗まれては大変と、火難よけの掛け軸を土蔵(どぞう)の中へ大事にしまっていました。
 ところがそれから数日後、近所でまた火事がおこりました。
 殿さまは急いで掛け軸を取りに行く様に命じましたが、間に合わずに屋敷は灰になってしまいました。
 でも掛け軸がある土蔵だけが無事で、広い焼け跡の中にぽつんと残っていたそうです。
 おしまい   
 
 
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