|  |  | 日本の悲しい話 第9話
 
 
  
 鬼のうで
 東京都の民話
  明治になってまもないころ、浅草(あさくさ)に、田宮義和(たみやよしかず)という男がすんでいました。この男はもともと侍(さむらい)だったそうで、どこで手に入れたのか、『鬼のうで』という、不思議な物を持っていました。
 そのうでは田宮の言う事を何でもきき、家のそうじやせんたく、台所の仕事から身のまわりの世話まで、田宮は全て、この鬼のうでにやらせていたのです。
 銭湯へいくときなどは、このうでをつれていって背中を流させたり、手足をあらわせたりしながら、ほかの入浴客とのんきに話しをしていたそうです。
 町の人が田宮の家へいくと、田宮は鬼のうでに、肩やこしをもませているのです。
 「このうでは女房みたいなものだ。いや、人間の女房以上によく働くぞ。それにめしも食わせんでよいし、着物をねだられる心配もない」
 ところが、冬のある日の事。
 富山(とやま)の薬売りが、毎年薬を買ってくれる田宮の家へやってきました。
 「こんにちは、いつもの薬売りです」
 薬売りがいくらよんでも、返事がありません。
 そこで薬売りは家へあがって、部屋の障子(しょうじ)をそうっと開けてみたところ、
 「ギャーーッ!」
 薬売りはビックリ。
 なんと部屋の中では田宮が目をむいて、あおむけに倒れていたのです。
 そして田宮ののどのところに、鬼のうでが立っていました。
 知らせを聞いた役人が、田宮を調べていいました。
 「うむ。田宮は鬼のうでに、首をしめられて殺されたものにちがいない」
 役人たちは鬼のうでを首からはなそうとしましたが、指がしっかり首に食いこんでいて、どうしてもはなす事が出来ません。
 「しかたがない。そのままつれていけ」
 田宮は首にうでをくっつけたままで、土葬(どそう→死体を火葬せずに、土に埋めること)されました。
 埋葬(まいそう)がすっかりおわったあと、役人の一人が線香(せんこう)をあげながら言いました。
 「どうも、このうでは女の鬼のものらしい」
 すると、べつの役人が不思議そうにたずねました。
 「どうして、そんな事がわかるのですか?」
 「うむ、あの手は鬼のうでにしては、細くてやさしい指をしておった。だが、ずいぶんと田宮にこきつかわれたとみえて、ひどい赤ぎれじゃ。かわいそうな事よ」
 役人は線香をもう一本とると、今度は鬼のうでのために手をあわせました。
 おしまい   
 
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