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        百物語 第二十話 
          
          
         
ヘビ酒をのんださむらい 
       むかし、伊原新三郎(いはらしんざぶろう)いうさむらいがおりましたが、徳川の世(江戸時代)になって、つかえる殿さまもなく、ブラプラとながれ歩いていました。 
   ある夏のこと、三河(みかわ→愛知県)へいき、三方が原(みかたがはら)というところへ足をのばしました。 
   そこは、武田信玄(たけだしんげん)の軍と、織田信長(おだのぶなが)の軍とがたたかった、名だかい古戦場(こせんじょう)でした。 
   あつい日ざかりをすぎ、ヒグラシゼミが鳴きだすと、夕風がまきおこって、すずしくなりました。 
   人っ子ひとりこない道を、どれくらいいったでしょう。 
   林があって、ひょいと木のあいだをのぞいたところ、むこうに、まだあたらしい家が四、五けん見えます。 
   しかも、たべものなどを売る店のようです。 
  「ここに茶店とはありがたい。ちと休んでいくか」 
   新三郎は林をくぐって、すぐ店のまえへでました。 
   すると、年のころ十四、五の、かわいらしいむすめがでてきて、 
  「おいでなさいまし。お武家さまが、いつも立ちよっていかれるお店でございますよ」 
  と、あいそよくいうのです。 
   いわれるままに、新三郎は店へ入って、こしをおろしました。 
   ほかには客がなく、店の人もいないようすでした。 
  「さぞ、おつかれでございましょうね。これをおめしあがりになって」 
   むすめは、もちをだしてきてすすめましたが、新三郎が、 
  「もちは一つでよい。酒はないか」 
  と、いうと、 
  「あら、気がつきませんでした。いいのがございますとも。すこしおまちを」 
  と、少しまたせてから、お酒をもってきました。 
  「・・・うまい!」 
   はらにしみわたるようなお酒でした。 
   しかも、そのむすめがなれなれしいしぐさで、おしゃくをしてくれますので、新三郎は二本三本と、とっくりをからにしました。 
  (よいむすめじゃ。しかし、このような場所に、むすめがひとりだけとは) 
   なにか、心にひっかかります。 
   新三郎もさむらいですから、すこしぐらいよったって、ゆだんはしません。 
  「あと、もう一本たのむ」 
  「かしこまりました。ただいま、すぐに」 
   むすめがおくへ酒をとりにいったとき、そっとついていって、台所をのぞきました。 
   そして、新三郎はおもわず息をのみました。 
   大きなヘビが一ぴき、てんじょうからつるしてあって、むすめは刀で、そのヘビのはらをさし、血がトクトクたれるのを、手おけにうけていました。 
   そして、血のなかへ、なにかわからないものを入れてかきまぜ、ニタッとわらったとおもうと、もう酒にしてしまいました。 
  (ただごとではないぞ!) 
   新三郎は、身の毛がよだつおもいで、店の外へととびだして走りました。 
  「お武家さま、おまちになって。・・・いまさら、おにげになるとは。・・・まて、まて、おまちなされ! ・・・またんか!」 
   あのむすめが、さきほどとはちがった声で、おいかけてきました。 
   そればかりではありません。 
   むすめの後ろのほうで、聞いたこともない、なん人かの声がして、 
  「せっかくのえものを、とりにがすなよ!」 
  と、こっちへやってきます。 
   ふりむいてみると、人のせたけの倍もある長いものが、ズリズリとおいかけてきているのです。 
   新三郎はいちど道まででて、また林へかけこみました。 
  「あいつめをとりにがしたら、あしたは、わしらにわざわいがおこるぞ」 
  「おう、にがしてたまるか」 
  と、わめきたてます。 
   えだにからまれ、草に足をとられ、それでも新三郎は、むがむちゅうで走って、やっと町はずれの民家にたどりつきました。 
   そこの主人は、わけを聞くと、いぶかしそうに首をかしげました。 
  「はて、あの林のあたりには、茶店どころか、家一けんございませんよ。きっと、ばけものどもに、さそいこまれなさって・・・。まあ、ごぶじでなによりでした」 
  「まさか? いや、めいわくをかけたな」 
   新三郎は、その夜は、とまっていた宿(やど→詳細)屋へもどりましたが、どうかんがえても、ふしぎでなりません。 
   あくる日、近くの男たちを集め、きのう酒をのんだ店を、いっしょにさがしました。 
   しかし、そのあたりには家一けんなく、草がボウボウとしげっているばかりで、人の足あとさえないのでした。 
   ただ、草のなかに手足の少しちぎれた、大きめのほうこが一つ、すてられていました。 
   ほうこは、はいはいをする幼児をかたどった、むかしの人形です。 
  「これが、十四、五の、あのむすめにばけたものか」 
   新三郎がつぶやくと、ほかの男たちのおどろく声がして、大蛇のむくろを見つけました。 
   長さが四、五メートル、色は黒く、おなかが切りさかれていました。 
   また、ちょっとはなれたところに、人のがいこつが三そろい、肉も皮もとけてなくなり、まっ白い骨だけになって、よこたわっているのでした。 
   ほうっておいては、なんのたたりがあるか知れませんので、新三郎は大蛇のむくろも、がいこつも、かたちをのこさないようにうちくだいたうえ、たきぎをつんで焼かせました。 
   そして、堀の底へしずめました。 
   ところで、伊原新三郎というさむらい、もともと病気がちでしたが、ヘビ酒をのまされたせいか、このあとはふしぎなほど元気になったということです。 
      おしまい 
         
         
        
       
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