| 
      | 
     
        日本のとんち話 第4話 
         
          
         
もち屋の禅問答 
       むかしむかし、あるところに、とても大きなお寺がありました。 
 寺はとても立派ですが、困ったことに、この寺の和尚(おしょう)ときたら、勉強が嫌いな上に、物知らずです。 
 さて、ある日のこと、一人の旅の坊さんがやってきて、 
「それがし、禅問答(ぜんもんどう)をいたそうとぞんじて、まかりこしたが、寺の和尚どのはおられるかな」 
と、ちょうど玄関の掃除をしていた、この寺の和尚さんにたずねたのです。 
 さあ、問答と聞いて、和尚さんはビックリしました。 
 相手は仁王(におう)さまのような大男。 
 しかも、あちこちの寺をまわり歩いては問答をしかけ、一度も負けたことはござらぬという顔です。 
(こりゃあ、どえらいことになったわい。いったい、どうしたもんじゃろう。・・・そうじゃ。もち屋の六助(ろくすけ)がよい) 
と、思いつき、ともかく、旅の僧を本堂に案内して、 
「和尚さまは、ただいま、お留守にございますが、近くにまいっておられますので、さっそくよんでまいりましょう」 
 言い終わると、ころげるように、もち屋の六助の家へ行きました。 
「六助どの。たったいま、これこれ、しかじか。ぜひ、わしの身代わりになって、問答をやってくだされ」 
と、両手をあわせて、たのみました。 
 日頃から、信心(しんじん→神仏を思う気持ち)ぶかいもち屋の六助は、 
「へえ、和尚さまのおためなら」 
と、引き受けました。 
 六助は和尚さんの部屋で着替えると、しずしずと本堂に入って、旅の僧と向かい合いました。 
 和尚さんが隠れて様子を見ていると、さっそく、もち屋と旅の僧の問答が始まりました。 
「白扇(はくせん)さかしまにかかる東海(とうかい)の天」 
 旅の坊さんが口を開きました。 
 雪をいただいた富士山(ふじさん)が、白い扇(おおぎ)を、さかさまにかけたように、海にうつっているが、そのながめはいかに? 
と、聞いたのですが、わけのわからないもち屋の六助は、うんともすんともいいません。 
 すると旅の僧が、 
「和尚どのは、無言(むごん)の行(ぎょう)でおわすか?」 
と、聞きました。 
 六助は、それにも答えません。 
 二人の間で、無言の行がはじまりました。 
 しばらくして旅の僧が、右手を上げて、人差し指と親指とで、小さな輪をつくれば、六助はそれを見て、両手を上げて大きな輪(わ)をつくりました。 
 すると旅の僧は、おそれいったという様子で、ていねいに頭をさげます。 
 そして今度は、人差し指を一本、突き出して見せました。 
 六助はすばやく、五本の指をパッと開きます。 
 旅の僧は、また、ていねいに頭をさげました。 
 今度は三本の指を、高く差し上げました。 
 するとそれを見た六助は、アカンベエをしたのです。 
 それを見た旅の僧は、あわてて両手をついて、 
「ははーっ」 
と、頭をたたみにすりつけると、逃げるようにして寺から出ていきました。 
 和尚さんは、ホッと胸をなでおろしました。 
 それにしても、今の問答は、なんともわけがわかりません。 
 そこで和尚は、小僧をよんで、 
「お前、いまの僧がとまっておる宿(やど)ヘ行って、わけを聞いてこい」 
と、いいつけました。 
 宿にやってきた寺の小僧さんを前にして、旅の僧は冷や汗をふきながらいいました。 
「いやはや、わしも天下の寺でらを歩いて、問答をいたしたが、今日ほど、えらいめにおうたことはない。 
 まずわしが、このように輪をつくって、 
『太陽は、いかに?』 
と、問いかけたのじゃ。 
 すると和尚どのは、 
『世界を照らす!』 
と、大きな輪をつくって見せてくだされた。 
 次に、 
『仏法は、いかに?』 
と、人差し指を差し出すと、パッと五本の指を出されて、 
『五界を照らす!』 
と、答えなさる。 
 負けてはならじと、三本の指を出して、 
『三仏身(さんぶつしん)は、これいかに?』 
と、問いもうした。 
 すると和尚どのは、『目の下にあり』と、答えなされたのじゃ」 
 そこまでいうと旅の僧は、しみじみと小僧さんの顔を見て、 
「お前さんはまだ年が若いで知るまいが、 
 三仏身とは、すなわち法身(ほっしん)・報身(ほうしん)・応身(おうしん)のご三体で、ほっしんとは宇宙の法理であって、光明かがやく仏さま。 
 ほうしんとは、世のもろもろの悪を清め、われわれ人間はじめすべての生物をお救いなさる阿弥陀如来(あみだにょらい)さま。 
 おうしんとは、ときに応じて、われわれをみちびくために現れなさるお方、いわばお釈迦(しゃか)さまじゃ。 
 このもったいないお三方が、和尚どのの目下にあるとは、ああ、なんと、なんと」 
 旅の僧は涙ぐんで、小僧さんの前に手をつくと、 
「まことに、まことに、あのようなお方にお目にかかるばかりか、問答などをいたしまして、いやはや、面目(めんもく)しだいもございませぬ」 
と、わびるようにいいました。 
 小僧さんは、 
(ヒェー! あのもち屋の六助さんが) 
と、ビックリして寺ヘ帰ってきました。 
 すると、これはまたどうしたことか、六助さんは和尚さんを前にして、カンカンに怒っています。 
 小僧は、六助さんの前に手をついて、ていねいに、 
「もし、もし。六助さま。いったい、どうなさいました?」 
と、たずねると、もち屋の六助は、 
「なさいましたも、クソも、ないもんだ。えーい、わしゃ、この年までいろんな人におうてきたが、今日の坊主ほど、ずうずうしいやつにおうたことはないわい」 
「・・・?」 
「あのクソ坊主め。手まねで小さな輪をつくって、 
『おまえのもちは、これくらいか?』 
と、聞きおった。 
 わしは、腹がたってこんちくしょうとばかり、両手で、でっかいやつをつくって見せたわい。 
 すると今度は、人差し指を差し出して、 
『それはいくらか?』 
と、聞く。 
 わしが、 
『五厘じゃ!』 
と、五本の指を出せば、坊主め、三本の指を出しおって、 
『三厘にまけろ』 
と、ぬかしおった。 
 あんまり腹がたったもんで、わしゃ、アカンベエをしてやったわい」 
と、いったのです。 
      おしまい 
         
         
        
       
     | 
      | 
     |